池田
80代男性で前立腺癌の既往があり、ED治療を希望しているとのことです。前立腺癌は、ほかの癌と比べるとゆっくり進んでいき、治りやすいという印象ですが、これはいかがなのでしょうか。
服部
前立腺癌は進行が遅く、治りやすい癌だというイメージは、最近は一般市民の間でもかなり浸透しているように感じます。事実、転移がなければ、5年生存率はほぼ100%です。一方で、短期間で進行する悪性度の高い癌も一部存在します。またホルモン治療が効かなくなった去勢抵抗性前立腺癌の場合も完治が厳しいので、一般化するのは難しい面もありますが、総じてほかの癌よりは治りやすいといえます。
池田
質問の完治の基準というのは、どのように考えたらよいのでしょうか。
服部
実はこれがなかなか複雑な問題で、残念ながらクリアカットな説明はできません。
池田
それはなぜですか。
服部
主な理由としては、先ほどもお話ししたように、前立腺癌は進行が遅いということがあります。ほかの進行の早い癌ですと、再発するにしても治るにしても5年以内に決着がつくことが多いと思いますが、進行の遅い前立腺癌では、5年ではまだ何ともいえません。時に10年以上経過してから再発することもあります。
2つ目の理由は、完治の裏返しであるいわゆる再発ですが、通常、再発というと固形癌の場合は画像検査や内視鏡検査などで目に見える形で再発すると思います。前立腺癌の場合ももちろん画像検査で認識できる再発が起こるわけですが、PSAという鋭敏な腫瘍マーカーがあるために、画像でわかる段階よりもはるかに早くPSAが上昇することで、再発したことが認識できます。画像で認識できる再発を臨床的再発、PSAで認識できる再発をPSA再発といって、区別して考えますが、通常はより早く認められるPSA再発をもって再発と判断することが多いです。
池田
PSA検査は一般の検診や人間ドックで前立腺癌のスクリーニングでよく行われますね。簡便に検査できるもののPSA検査についてよくわかっていない医師は意外と多いと思います。簡単にいいますと、どんな検査なのですか。
服部
まずPSAは何かというと、前立腺の細胞だけが作る酵素、タンパク質で、精子の活動を活性化する役割があるとされています。前立腺癌細胞だけでなく、正常の前立腺細胞も作っています。PSAの血液中の濃度を測定するのがPSA検査ですが、前立腺癌の場合、組織の構造が正常とは異なるため、細胞で作られたPSAがより血液中に漏れやすくなって、結果として高値を示すとされています。
池田
では癌細胞が作るPSAは、組織が正常と違うのでより血中に出やすいのですが、いわゆる前立腺の良性の細胞もPSAを作っているということなのですね。
服部
そうです。前立腺には特異的なのですが、前立腺癌に特異的というわけではないので、そこが単純ではないのです。
池田
ということは、正常な前立腺組織が残っていると、一定量はPSAが出てくるということですね。その場合、PSA検査においてどのようになったら再発といえるのでしょうか。
服部
そこが最も難しい点です。一つには、治療の方法によって再発の基準が異なること、また手術後の場合は、実は再発と判定する値自体が明確に規定されていないというのが現状です。
池田
では再発というのは治療によって基準が異なるのですか。
服部
そうなのです。まず放射線治療の場合は、前立腺を摘出したわけではなく、放射線によって癌細胞は死滅したとしても、正常細胞は残りますので、放射線治療後もある程度PSAが検出されても不思議はありません。放射線治療後はゆっくりとPSA値は低下していき、いずれ底を打って最低値となります。この最低値からプラス2ng/mL、例えば最低値が0.5ng/mLだったとすると、PSAが2.5ng/mLまで上昇し、その後もさらに連続して増加する場合、再発と判定します。
一方、手術の場合は前立腺を全摘しますので、理論的には術後のPSAはゼロになるはずですが、前立腺は境界明瞭な被膜に覆われているわけではないので、全摘といっても、少量の前立腺組織が体内に残る場合があります。したがって実際には再発ではなくても、術後にごく少量のPSAが検出され続けるということが少なからずあります。
ではいったい幾つになったら再発と判定するかですが、これがクリアカットではないのです。一般的には0.2ng/ mLを連続して超えたら再発とするというのがひとつの基準ですが、実際には0.2ng/mLを超えても再発ではない場合もあって、0.4ng/mLを再発レベルとして採用する考えもあります。逆に、最近はPSAの測定方法が高感度となって、0.01ng/mLよりもさらに低いレベルでも測定可能なため、より低い値で再発を予測しようという試みもあります。
池田
感度が上がれば上がるほど、再発の判断が難しくなっているということですね。
服部
そうなのです。
池田
逆に恐ろしいですね。質問に戻りますけれども、実際どのような状態になったら完治と判断できるのでしょうか。
服部
再発のない状態、すなわち放射線治療後ならPSAが最低値プラス2 ng/mL、手術後なら0.2ng/mLないし0.4ng/mLにならない状態がどのぐらいの期間続けば完治と判断できるかということになります。先ほど10年以上経過してからも時に再発することがあると申しました。しかし、実際には10年以上再発なく経過すれば治ったと判断することが多いのではないかと思います。ただ、何年という期間だけで判断するわけではなく、元の前立腺癌の進行度や悪性度を考慮しながら、総合的に判断しています。
池田
長い経過をたどる癌なのでそう簡単にはいかないのですね。質問の患者さんは80代ということですが、治ってから10年以上経過しているかというのはわからないということですね。ところで、前立腺癌の患者さんにテストステロン製剤を投与するというお話ですが、これは絶対的に禁忌なのでしょうか。
服部
たいへんよい質問です。前立腺癌の細胞はテストステロンの存在下で成長、増大します。その性質を逆手に取ったのが、男性ホルモンの働きを抑制する薬剤を投与するホルモン治療です。したがって、ホルモン治療を行っている患者さんにテストステロンを投与することは本末転倒であり、もちろん禁忌です。
ただ、現在はホルモン治療を行っていなくて、男性ホルモンが体内に正常に存在している場合、そこにさらにテストステロンを投与しても、テストステロンの受容体自体がすでに飽和しているため、さらにテストステロンを追加しても上乗せ効果はないという実験データがあります。サチュレーションモデル、飽和モデルといいます。しかしまだ確立した理論ではなく、実際の臨床データも乏しいので、現時点でそれを行うことは時期尚早です。
池田
現時点では、完治したと判断されていない前立腺癌の患者さんには、やはりテストステロン製剤の投与は行わないほうが無難なのですね。
服部
そういうことになりますね。
池田
ご質問の患者さんはEDに対する治療を希望されていますが、ED治療にはテストステロン製剤以外にも有名な治療法がありますね。
服部
はい。むしろシルデナフィルに代表されるようなPDE5阻害薬のほうが一般的かと思います。PDE5阻害薬は平滑筋の弛緩をもたらして血管拡張作用があります。したがって虚血性心疾患の際に用いられるニトログリセリンなどの硝酸薬と併用すると重篤な低血圧を生ずるため、併用禁忌となっています。この患者さんももしかすると虚血性心疾患があって、ニトログリセリンを使用する可能性があるため、シルデナフィルのような薬ではなく、テストステロンの投与を考慮されたのかもしれませんね。
池田
実際のところ、EDにテストステロン製剤の投与は有効なのでしょうか。
服部
はい。テストステロンが低下していることがEDの原因であれば、理論的にはテストステロンを補充すれば有効であるはずですが、実際の研究結果では、有効であるという結果と無効であるという結果と相反する結果が出ており、そう単純ではなさそうです。基本的に勃起には陰茎への血流が重要ですから、血管閉塞などで血流が十分でない場合、テストステロンを投与するだけではだめなのではないかと考えられます。
池田
複合要因なのですね。最後に、前立腺癌の完治基準についてもう一度まとめていただけますか。
服部
転移がない患者さんに対して放射線治療または手術により根治治療が行われた場合は、PSA再発を認めない期間が10年以上経過していれば、完治しているとおおむね判断していいと思います。ただし、進行癌や、悪性度の高い癌の場合には、10年では不十分な場合もあります。可能であれば、泌尿器科医に意見を求めたほうがよいと考えます。また、現在ホルモン治療を行っている患者さんや、過去に転移を認めた患者さんの完治の判断は困難だとお考えください。
池田
個々の症例あるいは悪性度に複雑に関与するということで、なかなか難しいということですね。ありがとうございました。