ドクターサロン

齊藤

本日はエイズの昭和から令和へのシフトについてうかがいます。杏林シンポジアは1963年に開始されていますが、その前半、約30年間活躍された安部先生がエイズの初期の専門家ということでご縁の深い疾患になります。

まずエイズの疫学の変化はいかがでしょうか。

一番初めにエイズの報告があったのが1981年で、このときはアメリカのニューヨークやサンフランシスコなど大都市の男性同性愛者(ゲイ)の病気でした。ですから、初めはそういう特殊な人の病気だろうと思われていましたが、起源はアフリカにあって、アフリカではものすごい患者数でした。かつてスリム病といわれていたものが実はエイズだったのです。しかし、アフリカにエイズが多そうだとわかったのが1985~86年ぐらいで、米国でのエイズ報告から5~6年後でした。

日本の場合は、血友病の人たちがアメリカから輸入した非加熱の血液製剤でうつってしまったのですが、感染時期は平均的には83年頃だろうといわれています。86年以降は非加熱製剤は禁止されましたので、以後は血友病の新たな感染者はありません。それ以後、日本でもゲイの人たちが感染者の主流です。

1980~90年代にかけて世界的に感染者数がどんどん増えていきました。これは治療薬がなかなかなかったことと、差別偏見が強かったので、なかなか検査に行かなかったのが原因です。特にアフリカは診断がついても死を待つだけですから、本当に辛くなるまで病院に来ないのです。1990年の頃、WHOは、アフリカのエイズは「No Hope」といっていたのですが、1995~96年頃に有効な多剤併用療法ができるようになって、予後が劇的に変わりました。

まず先進国のアメリカや日本も含めて治療が可能になって、エイズの死亡というのは急激に減っていきました。日本では1997年を境に死亡者数は激減しました。ただし、その当時の治療薬というのは多剤、1日20錠ぐらいの薬を1日何回も飲まないといけないし、副作用が強いので、なかなか継続するのがたいへんでした。

治療薬はその後どんどんよくなって、予後もさらによくなっていきました。一方、2010年を過ぎた頃からアメリカを中心に今度は予防が始まります。ワクチンは今後もできる可能性は低いと思いますが、治療で使っている薬の一部をリスクのある人が事前に飲むとHIVの感染を予防できることがわかってきました。同じように2010年前後から、治療を受けている人から自分のパートナーにはうつらないということもわかってきました。そうすると、診断がついて治療を受けている人は自分のパートナーにうつしませんし、リスクの高い人は予防薬を飲めばうつらないことになります。したがっておそらく2030年ぐらいには先進国ではかなり患者数は減るだろうといわれています。

途上国も、予防薬がかなり行き渡っていたのですけれども、実はトランプ大統領がUSAIDを全部廃止して、途上国に予防薬の供給をパタッとなくしてしまいました。今後またアジア、アフリカなど途上国を中心に、もしかすると患者数が増えてくる可能性があります。これはものすごく大きな問題です。

齊藤

その中で診断法も変わってきているのですか。

基本はELISA法ですが、迅速検査のイムノクロマト法というのも日本で開発されています。それから、同じELISA法であっても、どういうものを抗原として使うかというのでどんどん進歩してきていて、今の第4世代の検査キットでは抗原・抗体を一緒に捕まえられます。かつては、感染機会があって3か月経ってから検査を受けましょうと保健所ではいっていましたが、今は早ければ10日以内に結果が出てくるぐらいに診断法も良くなっています。

齊藤

今、診断される患者さんはどのようなルートですか。

保健所では匿名無料で検査を受けられますという宣伝を随分していますが、保健所の検査できる日程はかなり限られている。しかも予約しなければいけなかったり、場所によっては2回行かなければいけなかったりするので、あまりユーザーフレンドリーではないと思います。

一方で、病院で見つかる人たちは依然としてかなり多くて、例えば術前検査や事前検査で見つかることがあります。それからもちろんクリニックに自分で検査を受けに行ったり、いろいろなイベントでわかる人もいます。今はいろいろなオプションがあるので、いろいろな状況で見つかることがありますが、公的に保健所で受けてくださいといっている検査自体はまだまだ改善の余地はあるだろうと個人的には思っています。

齊藤

その後の治療はどうでしょうか。

もちろん非常に薬が良くなってきていて、今では1日1回1錠飲めば、99%の人は良くなります。ですから早く見つかりさえすれば、その人は今までどおりの生活ができて、仕事や学校もやめることはないですし、予後もQOLも非常によくなっています。早く診断することの重要性が増しています。

治療が安定して元気な人というのは、1日1回1錠服用するだけでOKです。ですのでむしろ、大病院に来るよりも、自宅近くのクリニックで例えば夕方診てもらったり、土日の診療が受けられたり、バリバリ働いている人にとっては通院しやすくなったと思います。それぐらい治療は簡便化されています。

齊藤

高血圧、高脂血症の治療みたいなイメージで通院できるのですね。

それにかなり近づいていると思いますね。さらにここ2、3年は注射剤でロングアクティングなものが出てきて、1回注射を打てば2か月間、飲み薬も何もいらない治療薬も保険適用になっています。新薬の開発も進んできて、さらに長期のロングアクティングな治療も可能になりそうです。

齊藤

その場合、どういう検査をしていくのですか。

もちろん定期的な、例えば腎機能や肝機能の検査は必要ですし、患者さんも高齢化してくるので、高脂血症や糖尿病といったものも合併してきます。がんも起こってきたりということもありますので、いわゆる生活習慣病のコントロールというのが、逆にHIV感染症を治療する医師に求められている時代になっていると思います。

齊藤

日和見感染に関しては何かあるのですか。

日本は、発見されたときにすでにエイズ発病という人が30%なのです。まだまだ合併症の治療は難しいこともあるので、そういうときは専門医が診たほうがいいと思います。それが治療薬にのって安定期に入れば、専門医以外の医師が診ても同じ予後が得られる時代になっていくだろうと思います。

齊藤

2か月に1回の注射薬はどういった人が対象になるのですか。

薬の飲み忘れというファクターがないので、多くの人はアドヒアランスが悪い人に向いているのではないかと思っているようですが、実は2か月に1回来院するというのもアドヒアランスです。そういったことを考えると、個人的にはバリバリ仕事をして元気な人たちがそういった治療を選ぶのではないかなと思っています。治験というのは元気な人が被験者になりますが、この薬の治験に登録された人は、治験が終わった後で注射か経口のどちらを選ぶかというと99%注射を選びました。ですからやっぱり、今後は元気な人の中でロングアクティングの治療はどんどん増えるだろうと個人的には思っています。

齊藤

そういったものが予防にも使えるということですか。

もちろん注射剤での予防というのは非常に有効で、これは飲み薬による予防をはるかに凌駕していますが、問題は値段です。やはり注射薬は高いですから、なかなか自費診療となる予防にまで手が回っていかないというところはあります。

飲み薬でも予防できますが、それも、いわゆる保険薬価でついているものは非常に高いので、どうしても日本でそれを受けようとすると、ジェネリックを個人輸入せざるを得ない。また、個人クリニックでジェネリックを輸入して出しているところが増えています。その点が若干のゆがみとしてまだ残っている部分だろうと思います。

齊藤

日本でのエイズ治療は、国際的にみるとどのような評価なのでしょうか。

個人的には非常にレベルが高いと思います。治療の病院連携もできていますし、患者さんもゲイの人たちが大半でリスクグループが単一です。彼らの多くは、教育もよく受けていて、病院にきっちり来て薬もしっかり飲んでくれています。さらに、エイズを診る病院が全国に360か所ぐらいあります。こういうシステムを持っている国はほかにあまりないのではないかと思います。世界に誇れるシステムだろうと思うのです。

齊藤

アクセスがよくて、費用も相対的には安くなってきているのですね。

そうですね。保険診療で受けられます。

齊藤

そのシステムをつくるのに、先生が頑張られたということですね。

ありがとうございました。