藤城
本日は結核・肺MAC症についてうかがいたいと思います。
まず初めに、昭和・平成・令和と時代が進んでいく中で、結核や肺MAC症の疫学的な変遷についてお聞かせいただければと思います。
西村
まず結核に関してですが、昭和の戦前、戦後ごろは死亡率も非常に高くて、罹患率も高い「国民病」「亡国病」と呼ばれていて、健康上の問題としては大きな問題となっていました。その後、BCG接種や公衆衛生の進歩、抗結核薬の開発等で結核の罹患率、死亡率は急激に下がってきました。
一方、平成に入りますと、順調に結核の罹患率が下がっていったのですけれども、1997年ぐらいから逆に上がってしまう時期がありました。1999年に結核緊急事態宣言が出されて、さらに結核に対する対策が強化されたという流れです。令和に入ってきますと順調に結核の罹患率も下がってきて、2021年には結核の罹患率は人口10万対9.2に達しました。WHOの低蔓延国の基準が罹患率10未満としているので、いよいよ2021年にわが国は結核低蔓延国の仲間入りをしました。最新の2024年のデータですと、結核罹患率は8.1まで減少しています。
藤城
かなり結核もコントロールできるようになってきたということがよくわかりました。昭和の戦前、戦後のころは不治の病であったということですが、順調に死亡率、罹患率が減ってきているわけですね。1997年に一時増加したというお話があったと思いますが、そこには何か原因があるのですか。
西村
順調に罹患率は下がってきていたのですけれども、若年層の集団感染とか院内感染等、結核は空気感染しますので、一気に感染が広がってしまう。そういう点では感染対策を怠ってしまうと、容易に感染拡大を引き起こしてしまうという点かと思われます。
藤城
続きましては肺MAC症についても教えていただけますか。
西村
肺MAC症のほうは、昭和のころは病気としてはあまり認識がされていなかった部分がありました。平成に入りまして、徐々に結核以外の抗酸菌の病気ということで注目されるようになりました。令和になってきますと、だいたいわが国の肺非結核性抗酸菌症の90%が肺MAC症といわれており、わが国においては肺MAC症の増加が問題になってきているという状況です。
肺非結核性抗酸菌症の場合は、結核と違って届出義務はありませんので、正確な罹患率や有病率はわからないのですけれども、2014年のアンケート方式のデータでは、肺非結核性抗酸菌症の罹患率は人口10万対14.7という数字が出ていまして、おそらく結核の罹患率を上回ってきていると推測されます。
藤城
これは数が増えているという理解でよいですか。
西村
おっしゃるとおりです。
藤城
そこには何か理由があるのでしょうか。
西村
明らかに結核の罹患率が下がっている一方で、上がってきているというようなかたちですが、増加傾向の理由ははっきりしていないと思われます。
藤城
これからの課題ということですかね。
西村
はい。
藤城
続きまして、昭和・平成・令和と時代が進む中での診断についてお話をうかがえたらと思うのですけれども、いかがでしょうか。
西村
結核に関しては感染と発病、発病はいわゆる活動性結核ですね。その2つを念頭にお話しさせていただきますと、感染の診断という点では、昭和のころはツベルクリン反応検査ですね。前腕のところにツベルクリンを皮内注射して、免疫があるかどうかを調べるという方法で感染を判断していました。発病に関しては胸部X線検査と、菌が検出されるかどうかという点に関しては喀痰の検査を実施していました。
一方で、感染の診断でツベルクリン反応検査というのが広く行われていたのですけれども、日本の場合はBCG接種をしているために、ツベルクリン反応検査の偽陽性が非常に多くて、本当にこの方は感染しているのか、それともBCG接種をしているからツベルクリン反応検査が陽性になってしまうのかという判断が難しいケースが多くありました。
平成に入りまして、インターフェロンγ遊離試験という検査方法が登場しました。これはご存じの方もいらっしゃるかと思うのですけれども、結核感染者の結核菌に感作された血液中のTリンパ球が結核菌特異抗原の刺激でインターフェロンγを産生する。その原理を利用した免疫学的な検査方法になります。日本では2006年からインターフェロンγ遊離試験が保険適用になりまして、これが広く行われるようになり、より偽陽性率の低い検査方法が使われるようになったことによって、ある意味、精度の高い結核感染診断ができるようになってきたということになります。
令和に入ってきますと、感染の診断方法はそれほど発展はしていないのですけれども、発病した場合の菌の検出方法がかなり発展してきています。迅速な核酸検査、さらに迅速な核酸検査によってリファンピシンの薬剤耐性遺伝子も検出できる検査も出てきています。
あと抗酸菌全般にいえることなのですけれども、菌の同定に関しては質量分析法を用いた方法も出てきていまして、より菌の検査方法が発展してきている状況になるかと思います。
藤城
肺のMAC症についてはいかがでしょうか。
西村
肺のMAC症に関しては、もともとMACという菌が環境中に広く存在するため、実は診断が難しい部分がありました。平成になって肺MAC症の患者さんも増えてきているというときに、1997年、米国で診断基準ができまして、複数回、喀痰培養検査でMAC菌を検出することによって診断が確定できるという基準が設けられました。
平成から令和に入ってきますと、実は肺MAC症の患者さんの中には、症状が乏しく喀痰検査ができない方が多くいらっしゃいます。そこで開発されたのが抗MAC抗体検査というものになります。抗MAC抗体検査というのは、MAC菌の菌細胞壁脂質であるグリコペプチドリピッドを抗原とする抗体検査です。診断精度としては、感度が約80%、特異度が100%ということですから、喀痰検査ができなくて、でも臨床的には肺MAC症が疑われるなという患者さんにこの血清診断をやってみて、例えばこれが陽性になりますと、肺MAC症が疑わしいぞという形で診療を進められるというような状況になってきていると思います。
藤城
血清診断ができるようになってきているのですね。
それでは最後に治療についてうかがいたいと思います。結核と肺MAC症の治療的変遷についてお聞かせください。
西村
結核のほうは、昭和のころはいい抗結核薬がなかったということで、外科的療法とか、限られた抗結核薬で治療を進めるというかたちでしたので、そういう点でも治療効果は今ほど高くなかったといえると思います。その後、リファンピシンやエタンブトールなどの非常に効果の高い抗結核薬が開発され、さらには短期間での治療が可能になり、非常に治療効果が上がってきました。
一方で、不十分な、不適切な治療によって薬剤耐性菌が発生してしまう問題が出てきました。そこでWHOを中心に広く周知されたのがDOTSとなります。日本語でいいますと、直接監視下短期化学療法ということですね。目の前の患者さんに薬を飲んでもらって、確実に投与されていることを確認しながら治療を進めていくという方法になります。
令和に入ってきますと、薬剤耐性結核に対する薬、ベダキリンとかデラマニドというものも出てきていまして、そういう点では昭和から令和にかけては、結核の治療はかなり変化してきたといえると思います。
肺MAC症に関しては、昭和のころは結核と同じような形で治療が行われていました。平成に入りますと、マクロライド系の抗菌薬、代表的なものはクラリスロマイシンになりますが、それを含めた多剤併用療法が標準治療となっていきました。
治療成績としてはマクロライド系抗菌薬を含めた多剤併用療法で、菌陰性化率が約60%というデータもあるのですけれども、一方で、治療を終えた後にしばらく様子を見ていると、また菌が陽性化してきてしまう、いわゆる再発再燃率の高さも肺MAC症の問題点にはなっています。ざっくり言いますと50%ぐらいが再発再燃を起こしてくると言われています。
令和に入りますと、基本的にはマクロライド系抗菌薬を中心とした多剤併用療法が引き続き行われるのですが、なかなか治療に奏功しない、例えば多剤併用療法を6か月以上実施しても、喀痰検査で陰性化が得られない、そういうケースに対して、最近ではアミカシン、これまで点滴でよく使われていたものなのですけれども、それをリポソーム化して吸入することが可能になった製剤が出てきています。ですから多剤併用療法で6か月以上治療しても、なかなか効果が得られないケースにはアミカシンリポソーム製剤の吸入を追加し、菌を陰性化するための治療をさらに強化するということが最近では行われるようになってきています。
藤城
本日は「コモンディジーズ診療 昭和から令和への変化」という中で、結核・肺MAC症についてたいへん詳しく、疫学的な変遷、そして診断、治療の変遷についてお話をいただきました。どうもありがとうございました。