山内
吉内先生、よろしくお願いいたします。本日は神経性やせ症に関してですが、まず以前は神経性食思不振症という言葉で語られていましたが、この病名が変わった経緯について、少しご解説を願えますか。
吉内
診断基準といたしまして、アメリカ精神医学会が出しているDSMの第5版が出版されるにあたって、日本語病名を見直すことになりました。以前から神経性食思不振症、神経性食欲不振症など、食欲に関連する言葉が病名に含まれていましたが、この病気の本体は、食欲のあるなしではなく、体型や体重に対する認知、考え方、捉え方のゆがみだと言われているため、そちらに対する誤解を取り除こうということで、あえて「食欲」「食思」という言葉を病名から外すことになりました。
その際、何に置き換えるかというのが難しかったのですが、昔、思春期やせ症といわれた時期がありましたので、そこからやせ症という言葉を借りてきて付けたというかたちになります。
山内
あまり食欲に重きを置かないということでよいのですね。
吉内
はい。その一つの理由としては、患者さん、あるいはご家族が心配して医療機関を受診した際に、食欲という病名が付いているために医療者のほうも少し誤解があって、食欲を出す薬を出して終わり、あるいは「食事をしなさい」と言うことで終診というかたちで、治療の遅れが生じるケースがかなり報告されていましたので、そういう動きになりました。
山内
最近の流れも少しうかがいたいのですが、まず、患者数は増えている、減っているというのはありますか。
吉内
日本ではきちんとした疫学調査というのがありません。医療機関を受診している患者さんの数に限定されてしまいますが、厚生労働省の研究班等によるデータもあります。それによると、国内の摂食障害患者数は約22万人と推定されています。一般の方の推移に関しては、かなり古いデータになるのですけれども、以前、一般の女子大学生をスリーポイントで調査した研究がありまして、それを見ると、やはり年を追うごとに増えているという結果が出ています。
山内
やはり若年者に多い病気ですか。
吉内
はい。思春期に好発する病気だと思いますが、最近は低年齢化も進んでいまして、小学生、さらに低学年の方で報告されています。また、高齢化のほうも問題になっていまして、50代、60代で初めて診断されるという方もいらっしゃいます。
山内
そういった新しい側面もあるということですね。やはり女性に圧倒的に多いとみてよいのですね。
吉内
はい。女性に多くて、各国の疫学データを見ますと、男女比が1対10~20ぐらいの比率になっています。
山内
民族差とか、先進国で多いといった辺りはありますか。
吉内
やはり、欧米化が進んでいる先進国に多いという報告があります。
山内
原因に関してですが、最近、GLP-1やGIPなど、主に糖尿病領域から出てきた食欲がらみの新しい疾病概念があります。例えばGLP-1の受容体のほうに働く薬で、最近はやせ薬として使われているものがありますが、この乱用で出てくるようなやせ病態は、神経性やせ症に近いものなのでしょうか。
吉内
はい。最近かなり問題になってきていまして、先生がおっしゃるとおり、薬によるダイエットが一部ネットを通じて広まっています。実際、それをきっかけに発症される方もいらっしゃいますし、すでに発症されている方が薬を入手して、さらにやせを重症化させているという方も報告されており、今後さらに問題になってくるかと思います。
山内
そういったものと神経性やせ症の病態の比較などを通じて、多少、また新たな知見が出てくるかもしれないというところはありますか。
吉内
そうですね。やはり中枢と末梢と両方を考えていかないといけない病気だと考えています。まだきちんとした研究はありませんが、欧米を中心とした大規模な遺伝子研究などでも、代謝性疾患との類似性を示唆するような研究も出てきていますので、先生のおっしゃるとおり、今後研究していく分野だと思います。
山内
初発症状ですが、最初に病院に来る辺りのところですけれども、いわゆるうつ病的なものではないと考えてよいのでしょうか。
吉内
はい。うつ病でも確かに体重が減少することはあるのですが、神経性やせ症の患者さんに関しましては、よく過活動という言葉が使われ、むしろ周りから見るとすごく元気な姿に映るということがありますので、その辺りは少し病像の違いはあるかと思います。
山内
予後とか自然寛解に関してですが、やはりあまり予後はよくないのでしょうね。
吉内
はい。死亡率が5%ぐらいという報告もありますし、標準化死亡比も2~3倍ぐらいという報告もあり、特に若年の精神疾患の中では死亡率が高いという位置付けになっています。
亡くなる理由としては、低血糖の昏睡や電解質異常による突然死が多いのですが、自殺も高いということが報告されており、身体面・精神面の両面からの死亡というところが問題になっています。
一方で、自然寛解に関しては、医療機関に受診される方が4割ぐらいという報告もあります。受診されない方の中には、自然寛解されている方も少なからずいらっしゃるのではないかと考えていますが、きちんとしたデータはないという状況になります。
山内
最後に、最近の治療法ということで、何かトピックスのようなものはありますか。
吉内
この病気に関しましては、残念ながら薬物療法に関する報告がないという状況で、各国のガイドラインを見ても、心理療法が推奨されています。まだ、これが絶対というものはないのですが、その中でも近年、摂食症をターゲットとした認知行動療法の効果が報告されてきています。神経性過食症に関しては、日本でも診療報酬として保険収載されていますが、やせ症はまだ収載されておらず、今、臨床試験を行っている状況にあります。
山内
エビデンスづくりということですね。
吉内
そうです。
山内
ついでにお尋ねしたいのですが、昔、母親との関係(トラブル)が発症の原因という説があったのですが、これはいかがでしょうか。
吉内
確かにそのような時代があったかと思いますが、最近の考え方としては、様々な要因から発症してくると考えられています。むしろ、初診の方でご家族が罪悪感を持っていらっしゃるケースもありますので、ご家族に対してはそういう罪悪感を持たれる必要はないということをまずお伝えすることが多いです。
山内
栄養療法は、ご本人たちが拒否することはないのでしょうか。
吉内
治療の導入がすごく難しい病気ではありますが、医療機関を受診されているという状況においては、何らかの困りごとがあって受診されていらっしゃいますので、そこを手がかりに治療の導入を行い、ご本人の体重が減らない程度のエネルギーから開始することによって、栄養療法に対する抵抗もなるべく少なくというふうに工夫はしています。
山内
認知行動療法にしても、やはり時間をかけてゆっくりやるということが必須と考えてよいですか。
吉内
はい。ここはなかなか難しいところですが、1回当たりの診療時間もすごく時間がかかりますし、治療期間も場合によっては年単位というふうになっていきますので、医療者側の負担も少なくないというところが問題になってくるかと思います。
山内
さらにいろいろな知見が出てくることを期待しています。ありがとうございました。