ドクターサロン

 ストレスの多い現代社会では、depressionを訴える患者さんを診察する機会が少なくありません。このdepressionという単語は、医学的には症状としての「抑うつ」や「うつ状態」を表します。しかし日常会話では“He has depression.”のように使われることも多く、その場合には「うつ病」を意味しています。なおdepressionは通常不可算名詞ですので、a depressionのようには表現しません。
 病名としての「うつ病」の正式名称はmajor depressive disorder(MDD)大うつ病性障害」です。かつてのDSMⅣでは、このMDDやbipolar disorder双極症」はMood Disorders気分障害」に含まれていました。しかし新しいDSM-5およびDSM-5-TRではMood Disordersという分類そのものが廃止され、MDDはDepressive Disorders抑うつ障害群」に、bipolar disorderはBipolar and Related Disorders<双極症および関連障害群」に分類されています。
 DSMの正式な分類からは姿を消したとはいえ、現在でも「気分障害」を意味するMood Disordersという表現は頻繁に使われます。では、そもそもこのmoodとはいったいどのような意味なのでしょうか。
 moodという表現は、医療の文脈では「一定期間持続する気分」を意味するのですが、その使い方には少し注意が必要です。例えばin the moodは、“I’m in the mood for pizza tonight.”「今夜はピザを食べたい気分です」のように、「~したい気分」を表します。その一方、in a moodは「ある気分である」という意味にはなりません。もし“The doctor is in a mood today.”と言われたら、それは「あの先生は今日不機嫌だよ」という意味になります。もともとa moodは「何か特別な気分状態」を意味していましたが、そこから発展し、現在ではin a moodは「機嫌が悪い」「ピリピリしている」という慣用表現として定着しているからです。
 このmoodを使えば、「上機嫌」はin a good moodと、「不機嫌」はin a bad moodin a grumpy moodのように表現できます。また「気分を上げる」はlift the moodと、そして「気分を下げる」はlower the moodのように表現することができます。
 では実際にうつ病を疑う患者さんに対して、どのような英語で症状を尋ねればよいのでしょうか。ここで役に立つのが、英語圏でよく使われている“SIGE CAPS”というmnemonic語呂合わせ」です。
 このSIGE CAPSは、MDDの診断に重要な症状を覚えるための語呂合わせです。MDDと診断するためには、2週間以内にdepressed moodとSIGE CAPSに含まれる症状のうち5項目以上が認められる必要があります。そしてそのうち少なくとも1項目はdepressed moodまたはloss of interest or pleasureでなければなりません。さらに、これらの症状はmost of the dayほぼ一日中」かつ、almost every dayほぼ毎日」に認められ、社会生活や職業生活に支障をきたしている必要があります。
 最初に確認すべきなのがdepressed moodです。この有無を尋ねる表現としてまず覚えておきたいのが“Have you noticed any changes in your mood recently?”という質問です。これは「最近、気分に変化はありますか?」という開放型質問であり、患者さんが自分の言葉で症状を説明しやすい表現です。
 より直接的には“Have you been feeling depressed recently?”や“Have you been feeling down recently?”と尋ねることもできます。このfeeling downは「気分が落ち込んでいる」という日常的な表現で、患者さんとの会話ではとても自然に使われます。またsadblueという日本人にもなじみのある単語を使って、“Have you been feeling sad or blue recently?”と尋ねることもできます。
 ちなみにblueを名詞として使う場合には、通常the bluesのようにtheを伴った複数形になります。このthe bluesは「憂うつな気分」や「気分の落ち込み」を意味する表現で、“I've got the blues.”と言えば「気分が落ち込んでいる」という意味になります。有名な音楽ジャンルである「ブルース」も、もともとは悲しみや憂うつな気分を表すこのthe bluesに由来しています。そのため、“I love the blues.”のようにthe bluesが音楽ジャンルを指す表現として使われることもあります。そしてこのbluesの発音は日本語のように「ブルース」ではなく、「ブルーズ」のように複数形の発音になるので注意してください。
 出産後数日から2週間程度までにみられる一過性の気分変調を、日本語では「マタニティブルー」と呼びます。しかし英語ではmaternity blueとは言わず、通常はbaby bluesまたはpostpartum bluesと表現します。一方で、2週間以上持続し、治療を必要とする「産後うつ病」はpostpartum depressionと表現されます。
 ではここからSIGE CAPSのそれぞれの項目を見ていきましょう。最初のSSleep changes睡眠の変化」です。MDDではinsomnia不眠」だけでなくhypersomnia過眠」も起こります。これらをまとめて尋ねるには“Have you noticed any changes in your sleeping habits?”という表現が便利です。その上で、不眠については“Do you have trouble falling asleep or staying asleep?”と尋ねましょう。fall asleepは「寝つく」、stay asleepは「眠り続ける」という意味ですので、この一文で「寝つきが悪い」ことと「途中で目が覚める」ことの両方を確認できます。逆に過眠を確認したい場合には“Do you sleep much more than usual?”と尋ねるとよいでしょう。
 ちなみに「睡眠不足です」は英語で“I'm sleep deprived.”と表現されます。「睡眠不足」はsleep deprivationと言いますので、これらも一緒に覚えておいてください。
 次に確認すべきIInterest loss、つまりanhedonia快感消失」です。このanhedoniaは「アンヒニィア」のように発音し、「普段なら楽しめることを楽しめなくなること」を意味します。これを尋ねるには“Have you been losing interest in things you usually enjoy?”という表現が便利です。もう少し自然に尋ねたい場合には、まず“What activities do you enjoy doing in your spare time?”と尋ね、次に“Have you been finding pleasure in these activities recently?”と続けます。ここで注意したいのは、日本語の「趣味」と英語のhobbyは完全には一致しないという点です。日本語では読書や映画鑑賞も「趣味」と言いますが、英語のhobbyはもう少し凝った活動を指すことが多く、読書や映画鑑賞などを含めて聞きたい場合はactivities in your spare timeのように表現するほうがよいでしょう。
 次のGGuilt or feelings of worthlessness罪悪感や無価値感」です。これを直接尋ねる場合には“Do you feel guilty or worthless at home or work?”と表現できます。guiltyは「罪悪感を感じる」、worthlessは「自分に価値がないと感じる」という意味ですが、こうした表現はかなり直接的ですので、まずは“Do you feel stressed or unhappy at home or work?”のように少し柔らかく尋ね、そこから必要に応じてguiltyやworthlessの有無を確認するのもよい方法です。
 次のEEnergy loss、つまりfatigue倦怠感」の有無です。これには“Have you been feeling unusually tired recently?”と尋ねると自然です。unusually tiredは「いつもと違って疲れやすい」という意味になります。また活力が低下している患者さんはget through the day一日を何とか乗り切る」ことが難しくなりますので、“Do you find it hard to get through the day because you lack energy?”という表現も役に立ちます。さらに、「しっかり寝ても疲れが取れない」という訴えには“Are you feeling exhausted even after a full night’s sleep?”という表現が使えます。
 次のCConcentration problems集中力低下」です。これにはconcentratefocusという動詞を使って“Do you have trouble concentrating on your daily activities?”または“Do you have trouble focusing on your daily activities?”と尋ねることができます。またdistract気を散らす」という動詞を使って“Are you easily distracted lately?”と尋ねることもできます。そして倦怠感や集中力低下が日常生活にどの程度影響しているかを尋ねる場合には、“How does it affect your daily activities?”という表現が便利です。
 AAppetite changes食欲の変化」です。MDDではanorexia食欲不振」だけでなくhyperphagia食欲亢進」も見られます。これらを広く尋ねるには“Have you noticed any changes in your appetite?”が便利です。さらに具体的には“Are you eating much more or much less than usual?”や“Have you gained or lost a significant amount of weight without trying?”のように尋ねることができます。without tryingは「意図せずに」という意味で、体重変化を尋ねる際によく使われます。
 PPsychomotor agitation or retardation精神運動性の焦燥または遅滞」です。psychomotor agitationは、精神的な理由で落ち着かなくなり、そわそわしてしまう状態を指します。一方、psychomotor retardationは、精神的な理由で動きや話し方が遅くなる状態を指します。こうした変化は患者さん本人が気づきにくいことも多いため、“Has anyone you know noticed that you seem restless or slower in your movements?”のように尋ねると自然です。
 最後に、そして慎重に確認する2つ目のSSuicidal ideation自殺念慮」です。これは非常に尋ねにくい内容ですが、MDDの評価では極めて重要な項目です。このような質問をする前には、患者さんとの間にrapportラポール」、つまり短時間で築く信頼関係があることが前提となります。
 このような難しい内容に入る前には、通常transition前振り」を使います。具体的には“I appreciate your openness in sharing how you’ve been feeling. But it’s important for me to understand all aspects of your health, including your safety.”のような表現を使います。
 suicideという単語は、日本語の「自殺」や「自死」と同じように、かなり強い印象を与える言葉です。もちろん“Have you ever had any thoughts of suicide?”のようにはっきりと尋ねることもあります。しかしこの表現を使うことに抵抗がある場合には、hurt oneselfharm oneself自分自身を傷つける」という表現を使うことができます。具体的には“Have you ever had any thoughts of hurting yourself?”や“Have you ever had any thoughts of harming yourself?”のように尋ねます。
 また個人的にお勧めしたいのが、2段階で尋ねる方法です。まず“Sometimes when people feel overwhelmed, they might think about hurting themselves.”と伝えます。overwhelmedは「一杯一杯になっている」という意味です。そして続けて“Has this happened to you?”と尋ねます。このように尋ねることで、患者さんは「自分だけが特別におかしいわけではない」と感じやすくなり、答えやすくなります。
 この2段階で尋ねる方法は、suicidal thoughtsだけでなく、ほかの尋ねにくい症状にも応用できます。例えばfibroids「子宮筋腫」の患者さんにdyspareunia「性交時痛」の有無を尋ねたい場合には、“Sometimes patients with fibroids experience pain during sexual intercourse. Has this happened to you?”と表現できます。この2段階で尋ねる方法は、患者さんが答えにくい内容を少しでも話しやすくするためのとても便利な型です。
 今回ご紹介したSIGE CAPSの質問表現は、MDDの診断だけでなく、Anxiety Disorders不安症群」などの評価にも役立ちます。そしてこれらの質問表現の多くは精神科だけでなく、様々な診療科での診療でも日常的に使われています。精神症状を尋ねる英語は難しく感じられるかもしれませんが、患者さんの困りごとを丁寧に理解しようとする姿勢があれば、必ずその気持ちは伝わるものです。ぜひ今回ご紹介した表現を使いながら、英語でも患者さんの困りごとに耳を傾けてみてくださいね。