ドクターサロン

池脇

本日は、高齢者のうつ病診療について、認知症、せん妄との鑑別を含めて教えてくださいとの質問です。うつ病、認知症、せん妄もすべてDで始まるということで、老年医学では有名な3Dといわれているのですか。

馬場

うつ病のDepression、認知症のDementia、せん妄のDelirium、その3つの頭文字で3Dと言われていますが、近年はさらに2つ加わって、5Dといわれています。

池脇

その2つのDは何ですか。

馬場

4つ目が妄想、Delusionです。高齢者の方は妄想性障害を持たれる方がけっこう多いのですね。認知症とかうつ病でも妄想を呈する方が多いので、高齢者の妄想というのはけっこう頻度が高いです。

それからもう一つは、ドラッグです。ご高齢の方はいろいろな薬をお飲みになっていますが、いろいろな身体疾患の薬で精神症状を出すものがけっこう多いのです。ですから、高齢者の精神疾患においては、薬のことも配慮しなければいけないということで、この2つが加わって、現在は5Dといわれています。

池脇

早速、勉強になりました。先生方の診療の中でこういった患者はけっこう多いのでしょうか。

馬場

そうですね。当院の外来でも高齢患者さんが全般的に増えています。入院患者さんにおいても、一般病棟なのにまるで老人病棟かと思うぐらい、精神科病院におきましても高齢患者さんが増えています。その中でも、高齢者のうつ病に遭遇する機会が増えていると思います。

池脇

一般的なうつ病は、もう少し若い年代層がピークですが、高齢者のうつ病は病態としては違ってくるのでしょうか。

馬場

そうですね。病態も違いますし、表現される症状も若い方と比べると違いがあります。症状でいうと、高齢者のうつ病の方は、身体的愁訴が多くなります。ですので、精神科に最初から受診することはほとんどなくて、かかりつけ医に身体的な不定愁訴を主訴に受診される方が多いです。そして、検査をやっても異常はなく、対症療法をやってもよくならないため、その背景にうつ病があるのではないかということで、紹介されるケースがとても多いです。

池脇

一般成人でのうつ病の場合は、気分の障害が前面だけれども、高齢では、それもあるけれども、身体症状のほうが前面に出てくると、わからなくなりますね。

馬場

そうなのです。それを、正式な医学用語ではないのですが、仮面うつ病といっています。身体疾患という仮面をかぶったうつ病ということで、気持ちの落ち込みがあまり目立たないのです。体の訴えがあって、むしろ焦燥感が強く、じっとしていられないようなうつ病の方が多いので、皆さんがお持ちになっているうつ病のイメージとはちょっと違った病像を呈することが多いです。

池脇

どうして高齢になってうつ病になるのか、その原因というか、きっかけはどの程度わかっているのでしょうか。

馬場

仮説の段階ではありますが、加齢による脳の器質的変化がその一因と考えられます。知的機能においては流動性知能と結晶性知能というものがあります。

結晶性知能というのは、知識だったり熟練の技だったりで、これは加齢による変化はあまり起きません。一方、流動性知能というのは、状況の変化に対して臨機応変に対応する柔軟性のようなもので、いわゆる認知機能が一般的にそれに当たるのですけれども、この機能は脳の加齢変化によって落ちていきます。

そうしますと、環境や状況の変化に対する柔軟な適応が難しくなってくるのですね。高齢になりますと、周りに変化がたくさん起こるわけです。例えば、定年になって仕事を辞める、配偶者やごきょうだいなどの近親者が亡くなる。女性であれば、一緒に暮らしていた子どもたちが巣立ってしまって、ぽつんと家の中で夫婦2人になってしまうなど、老年期はこうした環境変化が立て続けに起こってくる世代です。その変化に対して、脳が柔軟に対応できなくなってくるので、それをきっかけにうつになりやすいといわれています。

池脇

先生の解説で、年齢によって認知機能が落ちてくるとおっしゃいましたが、認知症とかぶっているイメージを持ちました。

馬場

そうですね。やはり器質的な背景として、一部は認知症の病理を持たれている方がいらっしゃいます。多くの疫学的調査でも、高齢のうつ病の患者さんというのは、縦断的に見ていきますと、一般健常高齢者と比べて約2倍、あらゆるタイプの認知症になりやすいことが報告されており、ほぼコンセンサスが得られています。ですので、やはりその背景に、認知症のような器質的変化があるということが多いのだろうと思います。

池脇

そういう意味では、認知症、せん妄との鑑別、もちろん典型的な認知症の方はいらっしゃるかもしれないけれども、うつ病と認知症をクリアカットに分けるというよりも、密接に、場合によっては合併しているケースもあるということですね。

馬場

はい、おっしゃるとおりです。認知症には高率にうつ病ないしはうつ症状が合併します。さらに、うつ病だと思って診ていたら、いつの間にか認知症に移行していたというケースもあるので、クリアカットにすべてのうつ病と認知症を分けられるものではありません。今、目の前にいる患者さんがうつ病、ないしはうつ状態を呈しているかどうかを見極めることがむしろ重要だろうと思います。

池脇

鑑別も必要かもしれないけれども、両方合併しているのではないかという見方も大事だということですね。

馬場

はい、おっしゃるとおりです。

池脇

せん妄も鑑別ということですけれども、せん妄は急激な症状で、うつ病、認知症とは違うイメージがあるのですが、どうでしょうか。

馬場

実は、せん妄にもタイプがあります。確かに、夜間に暴れてしまうような、一般的な過活動性のせん妄はうつ病との鑑別は不要だと思いますが、せん妄の中でも低活動性せん妄(Hypoactive Delirium)というものがあります。ぼうっとして返事をしてくれなかったりするような、静かなせん妄というのがあるのです。これになってくると、うつ病で元気のない患者さんとの区別がつきづらくなることがあります。

池脇

応用問題としては難しくなってきました。

先ほど、今では3Dではなくて5Dとおっしゃいましたが、うつ病との鑑別で認知症、せん妄以外に気を付けたほうがいい病態はありますか。

馬場

はい。実は、今回私が一番お話ししたいのは、うつ病、うつ状態と鑑別を要する病態として、アパシーをご理解いただきたいと思います。

アパシーというのは、認知症の初期症状としても非常に高率に出現しますし、脳の血管障害や、パーキンソン病などの神経変性疾患でも非常に高率に発症します。

このアパシーとうつ病、うつ状態は臨床像が酷似しています。アパシーでは、いろいろな物事に対して興味や関心が失われる、いろいろな活動に対しての意欲がなくなる、さらには感情が平板化して喜怒哀楽が薄くなるので、今までやっていた趣味もやらなくなって、一日中ぼうっと家で過ごすような状態になります。このように一見、うつ病、うつ状態と似た状態になります。

池脇

どうやってアパシーかうつ病かを診断するかですが、ポイントはありますか。

馬場

はい、あります。アパシーとうつ状態を3つの領域に分けて見比べてみると、違いがわかります。

まず一つは、感情の部分です。先ほど申しましたとおり、アパシーは喜怒哀楽が薄くなる、ないしは喜怒哀楽がなくなる病態です。うつは、あくまでもうつなので、不安や抑うつ、悲哀感などの感情症状があります。これが一つ目の鑑別です。

2つ目は、興味や関心。アパシーの方は、様々なことに対して興味・関心がなくなるのです。これは、良いことも悪いことも、すべてのことに対して関心がなくなります。うつ病の患者さんも興味や喜びがなくなるのですが、悪いことに関しては、かえって過剰に反応します。ですから、うつ病ではうれしいことがあっても反応しないのですが、悪いことが起こると過剰に反応するのです。

その昔、うつ病と認知症の鑑別のポイントとして、「物忘れの自覚」がよく挙げられていました。認知症の方は物忘れの自覚が乏しい、一方、うつ病の方は物忘れに対して過剰に反応すると言われていましたが、これは実は認知症ではなく、アパシーの状態を指しています。アパシーは、物忘れという自己の変調に対してあまり関心を持たない。まさに無関心なのです。

ところが、うつ病の方はうれしいことには反応しないのに、自分に起こった悪い出来事に対しては過剰に反応してしまって、「ぼけてしまった、たいへんだ」というふうにむしろ誇張的に訴えます。これも鑑別のポイントになります。

そして3つ目が意欲です。うつ病の方もアパシーを呈している方も活動性が落ちます。ただ、うつ病の方は、やりたいけどできないのです。家事をやりたいとか仕事に行きたいとかいうモチベーションはあるのですが、それができない状態です。アパシーの方はそのモチベーション自体が障害されますので、そもそもやろうと思っていないからやらないのです。ですから、うつ病の方はやりたくてもできないという葛藤を持っているのに対して、アパシーの方は全く葛藤がないので、平然としています。

池脇

先生の解説をうかがうと、違うものだとわかります。

馬場

違うものなのです。一見、見ていると似ているのですが、よくよくその辺を見比べてみると、違いがわかってくると思います。

池脇

残された時間で、うつ病診療には、薬物だけではなくていろいろな診療があると思いますが、うつ病治療薬は最近進歩してきました。高齢者に対しての効果はどうでしょうか。

馬場

高齢者に対しても効果は十分にあると思います。ちょうど今、うつ病の診療ガイドラインを作成しており、私は高齢者のパートを担当していますが、エビデンスとしても高齢者のうつ病もきちんと抗うつ薬に反応します。

ただ、やはり高齢者の方は副作用が出やすいので、それに対する注意は十分必要だと思います。古いタイプの抗うつ薬は副作用が出やすいので、できれば副作用の少ない比較的新しいタイプの抗うつ薬を使うことをお勧めします。

池脇

基本的には、うつ病だと診断した場合には、新しいうつ病治療薬で始めるのが流れとしては多いのでしょうか。

馬場

そうですね。場合によっては、最初から抗うつ薬を使わないケースもあります。最初は診察にしっかり時間をかけて、つらさに対する傾聴と共感をして、老年期心性にも配慮しながら心理的サポートをして、場合によっては環境調整をするだけで良くなるケースもあります。ただ、中等度以上の重い患者さんの場合は、薬を使うことをお勧めします。

池脇

今お聞きの先生方で、診ている患者さんがうつ病ではないかなと思ったときに、かかりつけ医が治療を始めてもいいものなのか、あるいは、最初は専門医なのか、どちらでしょうか。

馬場

最近はかかりつけ医でもかなりうつ病の診療に慣れてくださっている先生方もいらっしゃいますので、ある程度の経験がある先生であれば、初期治療をトライしてみてもよいと思います。ただし、最初の治療でうまくいかなかった場合には、専門医に紹介していただくのが安全です。うつ病診療に慣れていない先生であれば、最初から専門医療機関にご紹介いただくのが安全かと思います。

池脇

本日はうつ病以外のいろいろなD、そしてアパシーと勉強になりました。ありがとうございました。