池田
毛利先生、本日は狂牛病についてという質問が来ています。まず狂牛病という言葉ですが、どういうことでこういう言葉が用いられるようになったのでしょうか。
毛利
これは、牛が狂ったように見える、実は狂ったのではなくて、神経症状を出しているのですが、それをマスコミがセンセーショナルに伝えるために名付けました。当初はMad cow disease、狂牛病と呼ばれていました。
ところが、プリオンによる伝達性海綿状脳症はほかの動物にもあります。有名なのはヒツジのスクレイピー(Scrapie)という病気です。それと同様にプリオンに起因する疾患なので、正式には、牛海綿状脳症(Bovine Spongiform Encephalopathy)、略してBSEと呼ばれています。
池田
海綿状ということですから、イメージとしては脳がすかすかになってしまうと、そういうことなのでしょうか。
毛利
そうです。組織切片をつくり、顕微鏡で見れば、海綿状になっているのがよくわかります。
池田
それでBSEがすごく有名になったのですけれども、確か2000年代の初めぐらいまでの話だったと思うのですが、今も含めてBSEの発生状況はどのような感じになっているのでしょうか。
毛利
BSEは、効率化のために「肉骨粉」と称されるウシを含む屠畜場廃棄物を牛の飼料として与えることが原因で爆発的に発生しました。牛から牛への肉骨粉を介したリサイクルにより、プリオンが伝達されていましたが、飼料規制により牛に肉骨粉を食べさせることを禁止して劇的に減少しました。これまで世界で19万頭以上の牛がBSEと診断されました(表1)。ピークだった1992年には、およそ37,316頭が発生しています。イギリスに限っても37,280頭ですけれども、毎日100頭以上の牛がBSEで死んでいたことになります。肉骨粉などウシ由来の飼料を牛とか反芻獣への給与を禁止する飼料規制を行い、現在は従来型のBSE(クラシカルBSE:C-BSE)はほとんどなくなりました。しかしながら、飼料規制後も非定型と呼ばれるBSE(H-BSE、L-BSE)が散発的に発生しています。ただ、イギリスでは、昔からのC-BSEもなぜか、ぽつぽつと未だに発生している状況です。
池田
昔からというのは、いわゆる孤発例というものでしょうか。
毛利
昔からある定型のC-BSEに関しては感染性であることがわかっています。
したがって、飼料規制により昔のような爆発的発生はなくなっています。しかし、感染により発生したC-BSEとは別に、非定型BSEと呼ばれる散発的に発生するBSEが報告されています。これが池田先生のおっしゃるヒトに散発的に起こる孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病(Sporadic CJD:sCJD)と同様な孤発性のBSEと考えられています。つまり、非定型BSEが、タンパク質の折り畳みの際に異常タンパク質ができる孤発例ではないかと考えられています。日本でもこれまでに2例の非定型BSEが報告されており、今でも世界中で散発的に発生しています。
池田
一時期の流行のようなことはないのだけれども、時々BSEの牛が生まれているという感じですね。
毛利
おっしゃるとおりです。
池田
クロイツフェルト・ヤコブ病は、プリオンタンパクというのでしょうか、それによる孤発例と、牛から感染したvariant(変異型)があるのですよね。
毛利
BSEから感染したヒトの変異型クロイツフェルト・ヤコブ病(vCJD)ですね。
池田
変異型クロイツフェルト・ヤコブ病というのはどのような病気なのでしょうか。
毛利
これは、C-BSEに罹患した牛の肉を食べて感染し、発症する病気です。イギリスでBSEが発生したのは1985年ぐらいからですが、孤発性クロイツフェルト・ヤコブ病とは違ったタイプのクロイツフェルト・ヤコブ病の患者が見つかり、1996年にBSE由来の変異型CJD(vCJD)であると報告されました。
特徴はまず若年でも発症することです。普通のクロイツフェルト・ヤコブ病だと、遺伝性で40代以降、孤発性だと60歳以上なのですが、vCJDでは10代の若年者も発症しました。臨床的には精神疾患から始まることが多く、発症から死亡するまでの期間が長いのも特徴です。脳波でPSDが見られなかったり、脳病理でクールー斑というアミロイド斑が見られたりすることなどが孤発性CJDとは異なります。
1996年3月にイギリスのCJD諮問委員会が10名のvCJD(変異型CJD)の患者を確認し、BSE牛由来のものだという発表がなされました。主要な食品を介するCJDの発生で世界中がパニックに陥ったという経緯があります。CJDはご存じのように、100%致死の病気です。
池田
これが世間を驚かしたクロイツフェルト・ヤコブ病のバリアントということなのですね。
毛利
おっしゃるとおりです。
池田
現在、反芻動物に流行している、BSEに似たプリオン病があるとうかがったのですけれども、これはどのようなものなのでしょうか。
毛利
今、動物のプリオン病で、シカ類に発生しているCWDと称されるChronic Wasting Disease(シカ慢性消耗病)が注目されています(表2、表3)。CWDは米国で1960年代後半に報告されていたのですが、それが北米に広がり、漢方薬を製造するためにカナダからシカを輸入した韓国でも発生しました。それから伝播ルートはわからないのですが、スカンジナビア半島でも2016年にCWDが発生して拡大しました。CWDは、これまで、ヒトに感染したという報告はありませんが、どんどん増えていくと、どこかでタンパク質の折り畳み異常により、BSEのようにヒトに感染するような構造になる可能性は否定できません。
池田
CWDもやはりプリオンタンパク病ということなのでしょうか。
毛利
そうです。動物のプリオン病の一つです。
池田
よくプリオン病の病的タンパク質を動物に接種したりしますよね。
毛利
はい、ヒトでは実験できませんので。
池田
CWDも例えばサルとか、いろいろな動物に接種されて、感染能力というのは調べられているのでしょうか。
毛利
調べられています。カニクイザルとか、人間に近いサルには伝播できませんでしたが、リスザルには感染することがわかっています。
池田
ということは、プリオンタンパクの立体構造の形の変化によっては、もっと進んだ霊長類にも来る可能性は考えられるということですね。
毛利
ええ、可能性はゼロではありません。特に、自然発症のプリオン病がない動物に比べたら、プリオンに対する感受性があるヒトへのリスクはあると思います。
池田
逆に、人間も含めて体の中に正常なプリオンタンパク質がある動物は、プリオン病になる可能性はあるということですね。
毛利
ええ。特にヒトは先ほど申し上げましたように孤発性のプリオン病(sCJD)が200万人に1人ぐらい発生しています。実際にウシのプリオン病であるBSEがヒトに感染したvCJDは230名を超えています。
池田
じゃあ、もうプリオンタンパク質があるということ自体が少しリスクになるということですね。
毛利
全く役に立っていないタンパクはないと私は認識しているのですけれども、プリオンタンパク質に関しては、ないほうがプリオン病のリスクがないということは間違いありません。
池田
BSEを含む動物プリオン病の今後の問題点はどう考えられているのでしょうか。
毛利
今後の問題点は、CWDが直接ヒトに来た例はありませんが、どこかで変異を起こして、直接ヒトに感染しなくても、ほかの動物を経由してヒトに感染するようになるというような可能性もゼロではありません。したがって、BSEももちろんまだ発生していますから、BSEも含めて、私たちは動物由来プリオンを検出するという適切な監視体制、すなわちサーベイランスをきちんと実施しておく必要があるのではないかと思います。
池田
イメージとしてはもう過ぎ去ったような感じがしていたのですけど、全くそうではなくて、今後、動物の種を変えたり、病気の形を変えたりしながらプリオン病がまた広がっていく可能性は十分考えられるということなので、やはりサーベイランスシステムを構築して、いつも認識しておくということですね。
毛利
そうです。それがたいへん重要なことかと思います。
池田
ありがとうございました。