齊藤
本日は、不妊症の昭和から令和への進歩ということで、内閣府で深く関与されていました吉村先生にうかがいます。よろしくお願いいたします。
吉村
よろしくお願いします。
齊藤
まず、背景としては出生数の減少があるのでしょうね。
吉村
はい。もともとは不妊治療といっていました。不妊の方を治して、出生率に寄与しようということで、昭和の時代は不妊の原因を治すというのが治療の本体だったのです。1978年にイギリスのエドワーズ博士、ステプトー医師らがヒトでの体外受精・胚移植に成功しました。これ以来、不妊の原因を治すというよりは、いかにしてお子さんをカップルに持っていただくかというパラダイムシフトが起こりました。体外受精・胚移植を初めとする生殖補助医療が少なからず少子化対策に寄与してきたということがあります。
日本でも1983年に東北大学で成功しました。1999年には、100人に1人が体外受精で生まれる時代に入り、2023年の最も新しいデータだと、8.55人に1人が体外受精で生まれています(表参照)。2023年までのデータしか出ていないのですけれども、日本でも100万人以上が体外受精・胚移植で誕生しており、一つの少子化対策に貢献しているといえるのではないかと思います。
皆さんもよくご存じのように、2022年に体外受精を始めとした生殖補助医療が保険適用となりました。菅内閣は、少子化対策の一環として導入しました。生殖補助医療の大きな問題点として挙げられていたのが、治療の経済的負担が非常に大きいということでしたので、保険適用して、負担を軽減しようとの試みです。もう一つが、女性が仕事をしながら治療をできるようにしようということ。治療と仕事の両立を考えて、「出生サポート休暇」という不妊治療のための有給休暇も人事院が作りました。保険適用になってから、1年間で7,000~8,000人、出生数が増加したということを考えますと、一過性ではあるものの少子化対策になったのではないかと思います。
齊藤
出生数の変化に、女性の働き方の変化、晩婚化も関係しているのですね。
吉村
そうですね。やはり体外受精・胚移植が可能になりますと、どうしても、高齢になっても妊娠ができるのではないかと患者さんがお考えになるということもありまして、晩婚化の要因にもなっていると考えられますね。
齊藤
日本で顕著ですが、日本以外ではどうでしょう。
吉村
欧米などでは、10人に1人が生殖補助医療で生まれている時代は10年ほど前から始まっていまして、非常に盛んに実施されています。欧米などにおいても、高齢、晩婚、晩産化が起こっており、高齢妊娠のためには体外受精が必要になるという時代です。
齊藤
世界的傾向ということですね。
吉村
そういうことですね。
齊藤
今の生殖補助医療では、どういったことが行われるのでしょうか。
吉村
もともとは夫婦間で行うということが大原則だったのですけれども、例えば卵子のない方、精子のない方、子宮のない方に対して、第三者を介する生殖補助医療も現在行われるようになってきています。こういった医療に対して、わが国ではガイドラインが全くなかったという状況にあり、日本産科婦人科学会がガイドラインを作っていました。生殖補助医療に関する立法がない国は先進国の中では日本だけで、非常に特殊な国となっています。
ようやく2020年になって、生殖補助医療法という法律が成立し、母親が誰であるか、父親が誰であるかということが決定されました。その後昨年6月に、第三者を介する生殖補助医療に関する法案が国会に上程されましたが、様々な反対もあり、廃案になってしまいました。
齊藤
先生方の学会での努力もたいへんなのでしょうけれども、国民的な議論を踏まえてやっていかなくてはいけないということですね。
吉村
そういうことですよね。例えばLGBTQのカップルの方々に対してこういった医療は使えないのかといったことも非常に大きな社会的な問題となっています。やはり夫婦間、カップル間で行うということに対して非常に多くの問題点が提起されるようになってきていますね。
齊藤
それから着床前遺伝子検査があるのですね。
吉村
ええ。もともとは出生前検査というのがありまして、妊娠してから、赤ちゃんの染色体あるいは遺伝子を調べて、異常があった場合には中絶するということが行われていました。最近では、着床前の胚の染色体の異常を調べて、正常胚を戻す。こういうことをすることによって、中絶を回避することができるのではないかということで、着床前遺伝学的検査が行われるようになってきています。
遺伝子病の診断をするPGT-M(PGT:preimplantation genetic test ing)と、PGT-Aというものがあります。PGTMは、病気、遺伝子病を調べるものです。PGT-Aは染色体の異数性、例えば18トリソミーや21トリソミーなどを調べます。この場合、流産することが非常に多いので、流産を回避するためにPGT-Aを行っています。
齊藤
それから、女性、さらに男性も含めて、がん治療を受ける若い人に対する対策もあるのですね。
吉村
そうですね。AYA世代といいまして、15~39歳の比較的若い男女ですけれども、がんの治療成績が良くなったことにより、将来の妊孕性が非常に大きな問題点となっています。特にAYA世代のがんは8割が女性です。女性の場合、がんの治療の過程で妊孕性が廃絶するようなことが起こるため、がん患者の将来の妊孕性の温存のために、卵巣や卵子を取っておく。男性の場合には、精子を取っておくという方法が行われています。こういったがん・生殖医療に対して、妊孕性温存のための助成制度も最近はできています。
齊藤
晩婚化も含めて、キャリアを求めていく女性のいろいろな希望があるということでしょうか。
吉村
例えば、非常に高齢の女性でありますと、染色体の異常が当然のことながら多くなってきます。PGT-Aで染色体異常を診断することによって、正常な胚を戻すという方法を選択することもあります。
最近では、まだ結婚はしていないけれども、将来子どもが欲しいといった人のために、また働く女性のために、健康な女性から卵子を取って凍結しておくというようなことが、海外では10年ほど前から行われるようになってきています。東京都も、この数年前から、こうした若い女性に対して支援をする、金銭的な補助をするということも行っています。女性に継続して働いていただくために、妊孕性を温存するための卵子の凍結・保存のための助成を出している企業も出てきています。
こうしたものを社会的卵子の凍結とか、ノンメディカル、医学的ではない卵子の凍結と呼びます。世界的にデータは集まってきているのですが、問題点がありまして、高齢になってからでないと卵子の凍結に踏み切らない。海外のデータでも35歳以上で凍結する人が80%以上を占めています。せっかく凍結しておいても、使った割合、使用率がわずか10%ぐらいであり、9割は捨ててしまっていることになります。
ほとんどが利用されない卵子に対して、税金を使うことは本当に正しいのかどうかという問題点も残ります。ノンメディカルな卵子の凍結というのは働く女性にとってはたいへんいいことですが、様々な問題点があるということを認識していかなければならないと思います。
齊藤
社会、文化的に非常に大きな問題ですけれども、どうするのでしょうか。
吉村
それが一番大きな問題です。わが国においては、体外受精・胚移植を初めとする生殖医療は1980年代から始まってきたのですけれども、日本産科婦人科学会がこうした医療に様々な見解を作ってきました。しかし、見解には全く法的な拘束力もなく、やってはいけないことに対して、もし行った場合にこれらを罰する権限も全くないといったことから、公的機関の関与がすごく大切になると思います。
今回お話をしましたように、生殖医療は夫婦間で始まりましたけれども、非常に多様化してきています。そうなると生命倫理的な問題、社会的な問題、法的な諸問題、こういった問題に対する対応が非常に大切になってきます。秘密裏に、無秩序に拡大する生殖補助医療がクリニックで行われているという現状を考えますと、将来的には公的管理運営機関の設置が必要になってくると思います。
齊藤
どうもありがとうございました。