多田
昨年の2025年12月に成立した改正医療法では、それまで病床中心であった地域医療構想が入院医療、外来医療、在宅医療、介護との連携などすべてを含む地域医療全体構想に拡大されました。そして、地区行政においては領域医療機関に報告を求め、地区の医療能力を可視化させる義務とそれに応じた医療計画を練り、それを実行することが要求されます。
私自身、医療はそこに住んでいる住民のものであり、行政は風土に根差した様々な医療資源の再構築と連携を支え、さらに救急・高度医療を統括する義務を持つと思っています。
本日のテーマは地域医療展開の要の一つとなる「在宅医療」ですが、のぞみの花クリニック理事長古賀友之先生においでいただき、これまで行政と医師会が15年以上にわたり進めてきました「柏モデル」といわれる在宅医療の形態の現状と問題点、将来の展望についてお話をいただきたいと思います。なお、先生は柏市医師会の副会長であり、在宅プライマリケア委員会担当理事でもあります。
まず、柏市の立地基盤と「柏モデル」といわれる在宅医療の形態を教えてください。こうした「柏モデル」を構築するに至る要件にはどんなものであったでしょうか。併せてお願いします。
古賀
本日は、柏市の在宅医療の歩みと、これからの地域医療のあり方について、医師の皆さんにもぜひ共有したい視点でお話ししたいと思います。
柏市の在宅医療、いわゆる「柏モデル」は、2010年、東京大学、柏市、そしてUR都市機構の三者が、「高齢社会において、都市はどうあるべきか」という問いを共有したところから始まりました。モデル地区となったのが、豊四季台団地です。この地域は1960年代日本の高度成長期につくられた団地で、2010年には高齢化率40%、将来の日本の都市部の姿を先取りするような地域でした。
当時の問題意識はとても現実的でした。1960年に始まった国民皆保険制度が広く行き渡り、1950年代の日本では自宅で亡くなる人が圧倒的でしたが、高度経済成長期を迎え、病院が増えてくると、自宅死の比率は減少し、病院死が急増しました。1976年に病院死が自宅死を上回り、2005年には病院死がこれまでの最高の82%となったのです。
日本では病院で死ぬのが当たり前の時代となりました。このままの状態が続くと団塊の世代が75歳以上になる2025年には、病院は老人であふれ、急性期医療が成り立たなくなる。これがたいへん憂慮されることでした。国民の立場としても高齢となり、自立度が下がったとき、住み慣れた自宅に住み続けたくても、病院へ入院せざるを得ない。この流れを変えられないか、という問いです。その答えの一つが、「病院完結型」から「地域完結型」へ、医療の発想を転換することでした。
こうして柏市では、「Aging in Place」、住み慣れた地域で最期まで自分らしく暮らすことを支える在宅医療の仕組みづくりが始まりました。団塊の世代が75歳以上となる2025年を見据え、地域で患者さんの生活を支える医療体制が必要だという共通認識がありました。
実際に取り組みを進める中で、最初に壁となったのは、医師の負担感でした。24時間365日対応への不安、専門外診療への戸惑い。そこで柏市では、医師が一人で抱え込まなくていい仕組みとして、主治医・副主治医という考え方を共有し、病院や多職種が後方から支える体制づくりを進めてきました。また、現在でも月に1回開催されている在宅プライマリケア委員会にて在宅医療に携わる医師がいつでも相談できる場所を提供しています。
同時に、多職種との関係づくりにも力を入れてきました。顔の見える関係会議や在宅医療・介護多職種研修会を重ねることで、「何かあったら相談できる相手がいる」環境を整えてきました。情報共有の面では、クラウド型のシステムである「カシワニネット」を構築し、職種を越えて患者さんの生活情報を共有できる土台を作りました。
多田
ありがとうございます。地域医療の根幹をなす医師の連携と負担軽減、さらに多職種との関係づくりにも力を注いだこと、顔の見える関係会議を様々なテーマを掲げて頻回に行ったことの大切さを強調されました。ここで「カシワニネット」とは何か、簡単に教えてください。
古賀
「カシワニネット」は、柏市の在宅医療・介護におけるクラウド型情報共有システムです。医師、看護師、歯科医、歯科衛生士、薬剤師、ケアマネージャー、リハビリ職、訪問入浴のスタッフ、福祉用具業者、時には病院側の医療者まで、多くの職種が患者さんごとにチームをつくり、診療情報だけでなく生活情報も共有することができるシステムです。
多田
診療情報だけでなく生活情報も併せて記述するということですが、ここに書かれたことは皆さんが共用できるということで、書くのは逆にたいへんだと思うのですけれども、その辺りはうまくいっていますか。
古賀
そうですね。一部のシステムを使えば、カルテからそのままカシワニネットに登録できるシステムもあります。ただ、皆さんがそういうことができるわけではないので、負担感があるのは確かに現実だと思います。
多田
15年が経過して生じた新たな課題といいますか、これまで経験された困難事例について教えてください。そして抱えている問題点について教えてください。
古賀
こうした積み重ねによって、柏市では在宅医療に関わる診療所や訪問看護ステーションが増え、地域包括ケアシステムの基盤は確実に整ってきました。
一方で、10年以上が経過した現在、新たな課題も見えてきています。人や事業所の入れ替わりによって、「柏モデル」そのものが十分に継承されていないこと。居宅に焦点が当たりすぎ、施設との連携が後回しになってきたこと。働き方改革の中で、研修や会議への若手の医師や多職種の参加が難しくなっていること。そして、在宅医療の形が10年前と現在とで随分変わってきていることです。当初の「柏モデル」は地域の開業医がかかりつけの患者さんが通院できなくなったときに在宅医療を提供することを考えてきました。しかし、今は在宅医療専門の診療所が増えて、地域づくりのために進めていた在宅医療が全く違うものとなってきています。病院と在宅の連携にも、新たな課題が見えてきています。
さらに視点を2040年に向けると、課題はより複雑になります。高齢者人口はピークを迎え、独居高齢者や認知症、いわゆる8050問題など、医療と介護だけでは対応しきれないケースが増えています。入院と外来だけでは支えきれず、地域全体で患者さんの生活を支える医療が、これからは必要です。
また、災害時の対応も避けて通れません。人工呼吸器を使用している在宅療養者をどう守るのか。柏市では、地域BCPの策定や医療的ケアの必要な患者への個別避難計画づくりに着手していますが、ここでも医師の関与が不可欠です。
第8次医療計画では、医療、介護、福祉、障害、子ども分野まで含めた包括的な取り組みが求められています。在宅医療は一部の専門医が担う特別な医療ではなく、地域のかかりつけ医が無理なく関わることを前提とした医療へとさらに進化する必要があります。
これからの「柏モデル」は、「誰かが頑張るモデル」ではありません。多くの医師が、それぞれの立場で、できる形で関わるモデルです。東京大学、柏市、UR都市機構との議論から始まったこの取り組みを、次の世代の医師へと手渡しながら、さらには地域に進出している新しい在宅医療や新しい施設とも手を携え、また、福祉ともしっかりと連携を行い、2040年の地域医療介護福祉を支えていきたいと考えています。
多田
将来の展望についても語っていただきました。現在「柏モデル」が全国でも注目されていますが、ほかの医療圏においても今後構築されるべき「在宅医療」のあり方に対する助言ともなったと思います。
最後に昨年制定された改正医療法との整合性についてのコメントがあればいただきたいと思います。中央においては今後生じる高齢化・人口減少に対する政策が途上にあり、課題を達成するために必要となる医療経費を捻出する方策も危惧されます。
古賀
改正医療法が示している方向性というのは、まさに柏市がこれまで取り組んできたことと重なると思っています。病床機能や医療機関単体で地域医療を支える、考えるという時代から、入院、外来、在宅、介護、福祉を含めて地域全体で生活をどう支えるかを設計する時代に入ったと感じています。
在宅医療は医療費抑制のための手段ではなく、結果として病院依存を減らし、限られた医療資源を本当に必要な急性期高度医療に集中させるための基盤とも考えられると思います。重要なのは在宅医療を一部の専門家に任せっきりにしないことです。地域のかかりつけ医一人ひとりが無理のない形で関われる仕組みを行政が支えることが改正医療法の精神だと思います。
「柏モデル」は決して完成形ではありません。ただ、法改正の流れと現場実装をつなぐ一つの実例としては今後もアップデートし続ける必要があると考えています。
多田
先生が属しています柏市医師会在宅プライマリケア委員会、ここでも様々な問題点を毎月ディスカッションして、各職種の方ともお話を行いながら、この辺りを修正しているとのこと。これは非常に大事な点だと思います。今後の進展を期待しています。ありがとうございました。