ドクターサロン

齊藤

本日は、これまで見てきました昭和から令和への変遷の最終回ということで、臨床研究についてうかがおうと思っています。

まず、臨床医が臨床研究を行う意味づけについて、どうお考えでしょうか。

南学

医師は、臨床に携わっていれば必ず何らかの形で臨床研究はやっていると思います。それはもちろん症例報告からいろいろな臨床試験、あるいは疫学的なデータ集め等を含め研究に携わっている。それは患者さんの病気の治療等に直結します。

一方、基礎研究をやっている医者もいます。基礎研究については、なぜ臨床医がやるのかというクエスチョンはあって、私も留学中にその質問を当時の指導教員にしたことがあります。指導教員は、私に対する答えとして、「基礎研究をするということは、臨床上、何が最も重要な問題なのかということをまず自分で見つけ出し、それに対してどういう手法を使って解を求めるかを考える合理的な考え方を磨くための最も良い方法なので、あなたが将来、大学に残るのか、臨床のみやるのか私はわからないけれども、ここで基礎研究に没頭するのはとても大事なことである」と言われました。私はたいへんそれに納得したので、今若い人に質問されたら、そういうふうに答えるようにしています。

齊藤

留学は先生にとってはとても重要でしたか。

南学

はい。海外で経験をしたことはとても人生の中で大事でした。留学をする前までは、日本の科学のレベルも高いので別に留学はしなくてもいいかなと思っていたのですが、実際に海外に行って全く異なった文化の中で様々なバックグラウンド、文化を持った人たちと触れ合うことによって、視野がものすごく広がりました。また、そういった人たちと様々な国際学会で再会することも貴重な経験でしたので、若い方々にはぜひ留学をしていただきたいと思っています。

齊藤

国際経験という意味で学生の海外での研修も今とても多くなっているようですね。

南学

我々の大学でも提携校が幾つもあって、そういったところと学生を交換して、向こうの学生が大学に来る、こちらの学生が年1、2か月先方の大学に行って臨床を見学するということをやっています。皆さん、非常に貴重な経験を得たと言って帰ってきて、非常に刺激を受けているようなので、やはりこれもとても重要なことだと思っています。

齊藤

それから、研究に国際的な関わりが不可欠になってきていますね。

南学

国際共同研究も今盛んに行われるようになっています。我々はオックスフォード大学主導の臨床研究をやらせていただいたのですが、オックスフォード大学はものすごく精密に臨床試験のデザインをして、最終的に蓋を開けてみると彼らが予想したとおりの数字が結果として現れてきて、とても驚きました。実際にオックスフォード大学には臨床研究を支援するためのビルディングが2つあって、臨床研究の支援体制が日本に比べるとはるかによく整備され、強力なものがあると感じました。

齊藤

外国の製薬会社により日本を含めた国際研究が今盛んに行われていますね。

南学

様々な薬を国際的に同時に開発するということが行われています。日本で問題なのは、1点目が言葉のハードルで、全部日本語に訳してやらなければいけない。また、治験が普通の臨床研究と別立てになっているという日本の法律の複雑さもあります。

あと、アメリカの大統領が、先進国の中で一番低いところの薬価に自分の国の薬価も合わせると言っています。そうなると、日本の薬価が一番低いと、国際的な会社は日本で薬を売らなくなってしまいます。そういった意味で、薬価の引き下げも、国際的に見ると、あまりやりすぎると日本人の幸せに結びつかないので、良いバランスが大事かなと思っています。

齊藤

フィジシャン・サイエンティストをつくっていこうという動きはどうでしょう。

南学

実際にその病気を診て患者さんのことを知っている人がその治療法を開発する、病気の原因を解明し、新たな治療法を開発するというのが最も理にかなっていると思いますので、フィジシャン・サイエンティストの存在というのは、病気の研究にとっては絶対に必要なものだと思います。

一方、どこも病院の経営が苦しくて、診療の比重がものすごく増えていて、大学病院であっても研究・教育に割ける時間がどんどん削られているという現状があります。なので、やはりそういった医育機関、研究と教育を同時に行うような機関において、きちんと医師、フィジシャン・サイエンティストが研究でも活躍できる環境整備をすることもぜひ国にお願いしたいと思います。

齊藤

それと、臨床研修の必修化と専門医制度への動きがあり、うまく連動しにくいということもありますね。

南学

はい。これもおっしゃるとおりで、臨床研修の制度は最初の6、7年ずっとフルに臨床をやって、症例をいっぱい登録して初めて専門医が取れるという制度になっています。そうなると最初の6、7年間全く研究に触れる時間がなく、かつ専門医が取れた時点でみんな疲弊していて、それ以上何か新たに研究を始めるというモチベーションがないという状況が多発しています。昔みたいにカリキュラム制でいつでも専門医を取れるという制度だと途中でちょっと研究をやってみようという人もいたのですが、今はプログラム制なのでそういうことができないということで、医学研究力の向上という観点から言うと、考えるべき制度なのかなとは思います。

齊藤

将来展望になりますと、コンピューターを使ったこととかAIとか、いろいろあると思いますが、いかがでしょうか。

南学

医学よりも工学系、コンピューター等の進歩というのはものすごい勢いで進んでいます。それこそ画像診断などは今AIがものすごく助けてくれるようになっていますし、将来的に生成AI等がさらに活用されるだろうと思っています。究極的にはコンピューター上で個人を再現するデジタルツインという手法で、様々な患者さんのデータをコンピューター上に入れると、その人がいつ頃病気になるか、あるいはどういうふうに病気が悪くなるか、そしてどういった治療が最も効くかということが正確に予想できるようになるだろうということが想定されるので、そういった世界がひらけるといいだろうと思っています。また、工学系の技術を使って遠隔診療をやるということで、現在の医師不足の問題、特に医師少数地域でいかに患者さんの健康を守るかということにも解が与えられるのではないかと思っています。

齊藤

100歳まで健康でいるというプロジェクトはどうですか。

南学

我々は、ムーンショットプロジェクトという政府のプロジェクトで100歳まで健康寿命を楽しむことができる人生を2040年までに実現する革新的遠隔医療の開発ということをやっています。これは様々な手法で在宅で非侵襲的に病気の診断あるいはモニターができるような技術を開発するとともに、様々な病院の電子カルテを連結し、かつ家庭で得られる健康情報も最終的にそれに結合させることによって、患者さんあるいはすでに健康な人が病気になることを防ぐという壮大なプロジェクトであります。

齊藤

電子カルテの利用とか、家庭でのデータの利用とか、いわゆるビッグデータと言われるような形の研究でしょうか。

南学

おっしゃるとおりです。ビッグデータもやはり大事なフィールドで、最近の若い人はそれこそマウスやラットを使った動物実験ではなくて、最初からビッグデータをコンピューターで解析するというようなことをやる人も非常に増えています。全く新たな研究の潮流だと思います。

齊藤

こういったことで今、医学部長の立場で、「医者離れ」で高校生が医学部に行くことをあまり望まなくなってきているということがあるようです。これはいかがなのでしょうか。

南学

長期的に非常に深刻な問題だと捉えています。全国レベルですと、ここ数年、医師を目指す、医学部に入る高校生が減り続けていて、今年ですと昨年に比べて1割志望者が減、首都圏だと2割減というデータが出ています。これはおそらく、お医者さんというのが非常に労働環境が厳しくて、給与も思ったほど良くないということを若い人たちがわかって、その結果として、医師という職業を選ばなくなってきているということがあると思って、非常に深刻な問題だと捉えています。

齊藤

海外との交流を含めて医者の人生が実りあるものだという実感を先生からおっしゃっていただくといいかもしれませんね。

南学

ええ。私自身もとてもこれまでの人生に満足していますし、非常にやりがいのある仕事であることは間違いないので、ぜひ若い方々もこういった世界に参入して、また若い方々ならではの新しい世界を切り開いていっていただきたいと思います。

齊藤

どうもありがとうございました。